2019年12月15日

それぞれの個性が生きる演奏を目指して。

大倉山のピアノ、音楽、フランス語の教室「スタジオ・ユールhttp://www.studio-jul.com 」の川田です。ブログをご覧頂きありがとうございます。

先日、フランス語の生徒さんAさん(50代女性)と、小さい頃に習っていたピアノについておしゃべりしていたときに、彼女が言いました。

「私、子供の頃、ピアノを習っていたんだけど、自分ではそこそこ気持ちよく弾いているのに、先生が、すぐに私の演奏を止めて、違うでしょ!と言って手を押さえつけるのよ。それが嫌でやめちゃったの。」と。

おそらく、その先生はもっと演奏を良くしたいので、そうしたのだろうとは思うのですが、裏目に出てしまったのですね。

私も教える側として、気をつけなければ!

レッスンで先生に聴いてもらって、先生の御眼鏡にかなえば合格、でなければ、細かい指示の連発の末に宿題がたんまり出て、次のレッスンまでにその宿題をクリアするために練習する、、、厳しい練習が大好きで、世界的なコンクールを目指して頑張りたいという子供には、もしかしたらこういうレッスンも良いのかもしれないですが、音楽を楽しむところからは程遠い。 

日本の武道や茶道の世界には、「守破離」という師弟関係のあり方や修行の課程を表す言葉があります。「型を覚え、覚えたらそれを破り、最後には離れる」つまり、最終的には型からは自由自在の境地に至るということです。たしかに、こういうやり方もあると思います。師弟関係の間では、礼節を重んじることは日本人の美点であると思いますし、それはそれで好きな世界でもあります。

でも、西洋音楽においてはどうなのでしょうか。確かに様式感を身につけるなど「型」に当てはまる部分もありますが、「先生の言いつけを全て守りました!!!」という演奏をコンクールや発表会で聴くと、個人的には「その子にしかできない音楽が聴きたかったなあ」と残念に思うし、聴衆としては全然楽しめません。「頑張ってます!!!」という雰囲気はよく伝わってきますが、、、

なので、私は、生徒さんたちにやりたいようにやらせて、後から「ちょっとそこはもう少し抑えた方がいいかもしれないね」とか、「すごいフォルテにしたいんだね。でも、音が汚くなっちゃうから、もう少し弾き方を変えた方がいいんじゃない」とか、「この作曲家の時代には、こういう弾き方をしていたみたいだよ」などと提案するようにしています。そうすると、生徒さんたち、自分で考え始めます。こうすることで、子供たちの個性が反映された演奏に変わってきます。

私がよく使う表現は「額から飛び出してくる絵」のような演奏をして!です。巨匠の絵は、額縁の中にちんまりと収まってはいなくて、その枠をぶち破ってこちらに強烈に語りかけてきます。

生徒さん全員が、そんな演奏ができたら素敵だなと思って、日々レッスンしています。
posted by マカロン at 17:34| Comment(0) | ピアノ
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